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そこはかとなく愉しからずや

イスラエルの「失われた十部族」(十支族)とは?日本文化のルーツ

もう常識として、「失われた十部族」という言葉を使っていて、うっかり「失われた十部族」について説明していなかったことに気が付きました。失われた10支族とも言います。古代に日本にやってきて、日本の文化の礎になった人たちは、どのような歴史の経緯があったのでしょうか?「十部族」の足取りを追ってみます。

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「失われた十部族」とは?

紀元前1900年頃、イスラエル人の祖の、ヤコブがいました。ヤコブは、のちに名前をイスラエルと改めます。イスラエルとはヤコブの新しい名前だったのですね。イスラエルの子孫がイスラエル民族と呼ばれます。

イスラエルには十二人の息子がいました。十二人の息子は、ルベン、シメオン、レビ、ユダ、ゼブルン、イッサカル、ダン、ガド、アシェル、ナフタリ、ヨセフ、ベニヤミンの子孫がそれぞれ「イスラエルの十二部族を形成しました。

ただし、彼らがカナンの地(イスラエルの古名)で領地を持ったとき、祭司の部族であったレビ族は、領地を持たなかったので、その代わりに、ヨセフ族が、エフライム族とマナセ族に別れ別の領地を持ちました。そうしてカナンの地は十二の領地に別れました。

イスラエルはソロモン王のもとに繁栄しました。

イスラエルの十二部族は、統一王国イスラエルを形成していました。

ソロモン王の死後、南北に別れたイスラエル

ソロモン王の死後、「北王国イスラエル」と「南王国ユダ」に別れます。北王国イスラエルは、「サマリア」とも呼ばれました。南王国ユダは、「ユダヤ」とも呼ばれました。いわゆるユダヤ人は「南王国ユダ」の人々と子孫指しますが、「ユダヤ人」を「イスラエル人」と同じ意味で呼ぶこともあります。

「サマリヤ」には、ルベン、ガド、エフライム、イッサカル、ゼブルン、ナフタリ、アシェル、ダン、マナセ、ベニヤミンの一部、の十部族が属していました。

南王国ユダには、ユダ族を中心に残りの部族が属していました。

アッシリアの捕囚となった「十部族」

紀元前722年に、北王国イスラエルは、アッシリア帝国に征服されます。アッシリア帝国は、北王国イスラエルの十部族をアッシリアに捕囚し、強制移住させるために人々を連れ去ります。

聖書によると「アッシリアの王は、イスラエル人をアッシリアに捕え移し、彼らをハラフと、ハボル、すなわちゴザン川のほとり、メディアの町々に連れていった」(Ⅱ列王記18・11) 現在のイラク北部あたりです。

「イスラエルの十部族」の行方は?

約2000年前の歴史家ヨセフスの十部族の行方の記述によると、西暦1世紀ごろにヨセフスは次のように書いています。

「イスラエルの十部族は、今でもユーフラティスのかなたにおり、数えきれないほどの膨大な民衆となっている」(ユダヤ古代史11・2)

紀元前900~607年ごろまで、アツシリアは、今でいうとイラクやイランのあたりに大帝国を築いていました。

北王国イスラエルを征服し十部族を捕囚して強制移住させていたアッシリア帝国は、紀元前607年に、バビロン帝国(新バビロン)に征服されます。そして、南王国のユダもバビロンの捕囚(紀元前606~536)となります。

バビロンの捕囚は、バビロン帝国が滅びて、ペルシャ帝国が中近東を支配した時代に、ユダヤ人の一部はエルサレムに帰還します。

西暦70年のローマ軍の攻撃により、エルサレムが陥落し、このあたりから、イスラエルの十部族は世界中に離散していったのではないかと思います。

それ以降にあちこちでイスラエルの失われた十部族の報告が世界中のあちこちであったといいます。

「イスラエルの失われた十部族」の消息

キリストの弟子たちがアッシリアに伝道に行くより前から、アッシリアにはキリストの事がいち早くつたわっていたようです。

聖書によると、キリスト昇天から10日後、ユダヤでペンテコステ(五旬節)の祭があったとき、神の聖霊がイエスの弟子たちの上に下ったと書かれています。(キリスト教が誕生した日です)

新約聖書「使徒の働き」2章9節に「パルテヤ人、メジア人、エラム人、またメソポタミア・・・に住むものたち」が、方々から、エルサレムに集まっていたと書かれています。それらはすべてアッシリアに住んでいた人たちでした。

アッシリアに居たイスラエルの十部族やユダヤ人は、福音を聞いた時にクリスチャンになります。アッシリアに居たクリスチャンは非常にユダヤ的な面があります。

「ローマ・カトリック」はユダヤ的な特徴を排除したキリスト教です。アッシリア東方基督教は、原始基督教(西暦1世紀ごろ)(ユダヤ的な)の特徴を置く残したキリスト教でした。

 

世界中で発見される「イスラエルの失われた十部族」

十部族が来たという証拠や、子孫が今も住んでいるという報告が寄せられます。

中国、日本、イギリス、エチオピア、スーダン、アメリカインディアン、景教徒、アルメニア人、チベット人、ヨーロツパとアジアの境にいるコーカサス人、アフガニスタン、パキスタン、中国北部、シベリア・・・からも報告が寄せられているそうです。

9世紀のハダニの旅行記による「十部族」の消息

9世紀にバビロニアや北アフリカ、スペインなどを行き来していた、ユダヤ人商人で、学者で、旅行家であった、エルダド・ハダニの旅行記によると、ハダニは東アフリカのユダヤ人コミュニティの出身だと述べています。

その東アフリカのユダヤ人コミュニティには、イスラエルの失われた十部族のアシェル族、ガド族、ナフタリ族、ダン族の者が多くいたと述べています。彼の名のハダニは、ダン族という意味です。東アフリカのクシュに十族が多く住んでいるという、クシュは、今のエチオピアです。

現在のエチオピアにも「ファラシャ」と呼ばれるユダヤ人のグループが住んでいます。

ベタ・イスラエル – Wikipedia 

ベタ・イスラエルBeta Israelヘブライ語ביתא ישראל‎、ゲエズ語ቤተ እስራኤል)とはエチオピアに住むユダヤ人の呼称。エチオピアの非ユダヤ人からはファラシャと呼ばれるが、ゲエズ語では「流浪民」・「異邦人」の意味で、ベタ・イスラエルからはファラシャという呼称は「侮蔑的である」として忌避される[1]

エチオピア国内のベタ・イスラエルの85%以上にあたる110,700人を越える人々が帰還法によってイスラエルに移住した。帰還法は、ユダヤ人を両親や祖父母に持ち、或いはユダヤ人の子孫である者はイスラエルに居住でき市民権を得られる、という法律である。イスラエル政府は1984年モーゼ作戦1991年ソロモン作戦などを実施し、内戦下のエチオピアで飢餓やデルグ政権下の中央革命捜査局による迫害[2]に苦しんでいたベタ・イスラエルをイスラエル国内に移住させた。ベタ・イスラエルのイスラエルへの移住は少数ながら現在でも続いている。

キリスト教に改宗したベタ・イスラエルの集団はファラシャ・ムラとも呼ばれるが、中にはユダヤ教に戻りハラーハーに従っている者もいる。

 

近年、エチオピアで起こった暴動で、かれらの多くが殺されてしまいました。生き残った者たちを救済するために、イスラエル政府は帰還法により、ベタ・イスラエルの人々の85%以上をイスラエルに帰還させ、ユダヤ人として認め市民権を与えています。

現在もエチオピアにすむユダヤ人グループは、自らを「ベタ・イスラエル」と呼びます。ヘブル語で「イスラエルの家」という意味です。彼らはヘブル語を話し、安息日を守っていると言います。

カザール王国の「十部族」

ハダニによると、当時、黒海とカスピ海の間にあった「カザール王国」(ハザール王国ともいう)には、十部族のうち、ルベン族、ガド族、マナセ族がいたと言います。王国内のおよそ30万人が十部族の彼らだったと言います。

また、カザール王国の王ヨセフも、こう書き残しています。「(カザール王国の首都は三つの街区からなるが)二つ目の街区には、イスラエル人(十部族の)や、イシュマエルの子孫、キリスト教信者や、他の言語を話す国民が住んでいる」

カザール王国は、740年頃、カザールの王とその国民全員がユダヤ教に改宗しています。

 

アシュケナージ・ユダヤ人は偽のユダヤ人ではない

実は、少し前までユダヤの陰謀論に出てくるような、白人系のユダヤ人は偽のユダヤ人だと思っていました(;・∀・)

それは遺伝子解析により証明されました。間違った伝聞として「ユダヤ人のうち、アシュケナージ・ユダヤ人は、カザール王国の改宗ユダヤ人の末裔で、彼らは真のユダヤ人ではない。偽のユダヤ人だ」と言うデマを信じてしまっていました。

それは間違いで、カザール王国の改宗ユダヤ人は、カザール王国が滅びたときに死に絶えてしまったから、偽のユダヤ人はいないそうです。

アシュケナージ・ユダヤ人とは、西暦70年のエルサレム陥落により、イスラエルの地から世界に離散したユダヤ人たちの末裔のことです。

スファラディ・ユダヤ人は、もともとバビロニア(イラクやペルシャ)にいたユダヤ人の末裔です。

スファラディ・ムユダヤ人は、のちにスペインや北アフリカ、地中海方面のギリシャ、トルコ、南イタリアなどに移住しました。

アシュケナージもスファラディも、遺伝的な違いがないことがDNA解析により証明されています。

12世紀の十部族の消息

12世紀にスペインの旅行家のベンジャミンによると、「彼らはペルシャのニシャブールの町々に住み、そこにはイスラエルの四部族の、ダン族、アシェル族、ゼブルン族、ナフタリ族の人々が住んでいる。彼らは、アッシリア王シャルマヌエセル(サルゴンⅡ世)によって捕囚の民となった最初の人々である」と十部族のいくつかがペルシャに住んでいることを伝えています。

ベンジャミンは現在の南インドのセイロンに数千人のユダヤ人(イスラエル人)が住んでいると書いています。「彼らユダヤ人は黒人で、良いユダヤ人である。律法を守り、モーセと預言者たちの教えに聞き従っている」と書いています。

まだまだ世界の十部族の話しはたくさんありますがねきりがないのでこのへんで。

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