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伏見稲荷大社は、「JINRI」=過越の子羊=(イエスキリスト)を祀っている?

お稲荷さんも秦氏が建立に関わっています。稲荷もいろんな宗教の影響を受けています。伏見稲荷大社の稲荷は、昔は伊奈利と書きました。これは古代イスラエル人が得意とした会意文字と言われています。伏見稲荷大社の創祀前史ではそうとは書かれてはいませんが、最近では、神社や稲荷を建立した秦氏は、古代イスラエルをルーツとした古代ユダヤ人であることがわかってきました。



全国の「お稲荷さん」30000社の総本宮が、京都の伏見稲荷大社です。

伏見稲荷大社 

欽明天皇が即位(539または531)される前のことについて、『日本書紀』では次のように書かれています。

欽明天皇がまだご幼少の頃のある日のこと「秦(はた)の大津父(おおつち)という者を登用すれば、大人になられた時にかならずや、天下をうまく治めることができるでしょう」という夢をみました。天皇は目覚めてから早速方々へ使者を遣わされて探し求められたところ、山背国紀伊郡深草里に秦の大津父がいたのです。

もとは伊奈利(イナリ)と書いていた。

古代イスラエル人が得意とした会意文字とは?会意(かいい、會意)とは、漢字の造字法である六書(りくしょ)の一つで、既成の象形文字または指事文字を組み合わせることで、会意によって作られた漢字を会意文字(かいいもじ)といいます。

その会意文字で作られた伊奈利の意味とはどのようなものでしょうか?

「伊」は、「人が杖を持った姿」を表し、それは、「長老」や「天の御使い」「賢者」の意味になります。

「奈」は、「西洋赤梨」のことで、「赤い林檎」のことです。意味は「知恵の実」です。 これは「エデンの園で知恵の実を食べて、追放された人間」を意味します。「奈」には別の意味もあり、「生贄」の意味もあります。奈の二つの意味を考えると、犠牲死を以て、人間の魂を救済する「贖い(あがない)」というキリストの秘儀になります。

「利」は、「稲穂と鎌」の合わせ文字で「刈り入れ」を表し、その意味は「熟した生命、準備された魂を迎え入れる」となります。

それらを総合して「伊奈利」とは、「天の御使いは、生命の復活を受け入れる準備を終えた魂を迎え入れる」という意味になります。

「イナリ」の語源は「JNRI(インリ)」という説

「JINRI」とは、Jesus Nazarenus Rex Iudaeorn の頭文字をとったもので、それは十字架にかけられた、イエスキリストの頭上に掛けられた板に書かれていたものです。意味は、「ユダヤ人の王 ナザレのイエス」です。Jesusは、Iesusとも書きますから、JNRIは、INRIとも書きます。また、Jesus Nazarenus Rex Iudaeornをヘブル語で訳すと、「Yeshua Ha-notzri We-melech Ha-yehudeem」となり、その頭文字は、「YHWH」となり、ヤハゥエです。つまり、「JNRI」と「YHWH」は同じということになります。

こちらのイエスの十字架には「INRI」の文字がかかっていますね。

7世紀の秦氏の羊太夫の碑から発掘された「JINRI」と書かれた古銅券

江戸時代の大名で学者の松浦静山が『甲子夜話続編6』の中で書いています。「羊太夫(ひつじだゆう)の碑のかたわらから石槨を掘り出したが、その中から古銅券が出た。その表題の文字が「JNRI」その下には十字架」と書いています。羊太夫という名前も、羊はイエスキリストのこととたとえられていますし、羊太夫や秦氏は、「ユダ人の王ナザレのイエス」への信仰をもっていたということですね。その「JINRI」への信仰のある秦氏が、日本全国に稲荷神社を建立したのでした。しかし「インリ」と「イナリ」では、違うではないかと言われると思いますが、そもそも「インリ」の「ン」の字は、「ナザレ」の「ナ」の頭文字です。もとは、古代日本には「ン」の文字はなかったのです。「いろは歌」「古事記」「日本書紀」「万葉集」「小倉百人一首」にも「ン」の文字はありません。「ン」の文字が使われるようになったのは室町時代からと言います。

羊太夫の名前ですが、新約聖書の中で、十字架上のイエス・キリストは「私たちのための過越の子羊」と呼ばれています。

古代イスラエル人は、奴隷状態から解放されてエジプトを脱出する前夜、「子羊の血」を目印として家の入口に塗りました。神が怒ってエジプト人の長男を皆殺しにすると言った時、イスラエル人たちは入り口に子羊の血を塗って、イスラエル人の目印としたので、禍が降りかかりませんでした。

「過越の子羊」は、キリストの犠牲の血潮を信じ、それを心の入り口に塗るものは、裁きが過ぎ越し、救われるというのがキリスト教の信仰です。

稲荷神社の赤い鳥居は、秦氏(古代イスラエル人)のキリスト教的信仰の表れと言えます。

伏見稲荷大社千本鳥居

伏見稲荷大社は唯一神信仰

伏見稲荷大社の祝詞には、唯一神であることが書かれています。

「稲荷大神 秘文

それ神は唯一にして、御形なし。

虚にして、霊有り、天地開闢てこのかた、国常立尊(クニトコタチノミコト)を拝し奉れば、

天に次(つく)玉、地に次(つく)玉、人に次(やどる)玉、豊受(トヨウケ)の神の流れを、

宇迦之御魂命(ウカノミタマノミコト)と生出(ナリイデ)たもう・・・」

このように「神は唯一にして」とハッキリ述べていて、

クニトコタチ(日本書紀で最初に現れた神)

トヨウケ(伊勢神宮外宮の祭神)

ウカノミタマ(イナリ神社の祭神)

は、すべて同神であり、唯一の神であると述べているわけです。

イナリ神社は「ユダヤ人ま王ナザレのイエス」の神社であるとともに、唯一神(ヤハウェ)を祀る神社なのです。

イエスはヤハウェ神の御名のもとに来た救い主という信仰を秦氏は持っていたわけですね。

いろは歌に隠された秘密

古代に渡来してきた古代イスラエル人は、本当に謎のような言葉の細工が好きだなあと思います。

いろは歌は900年代につくられたと言われています。空海が作ったとも言われていましたが835年に空海は亡くなっているので時代があいません。

いろは歌は47文字のかなを1字も重なることなくすべて使用して、意味のある歌にしたもので、それだけでもすごい事ですが、いろは歌には隠された秘密があります。

(い)ろはにほへ

りぬるをわ

たれそつね

むうゐのお

まけふこえ

さきゆめみ

(ゑ)ひもせ  (

赤文字を縦に読むと「とかなくてしす」です。「咎なくて死す」と読めます。

( )の部分を読むと (い)(ゑ)(す)「イエス」です。

さらに青字の部分を縦に読むと「いちよらやあえ」となります。

これはヘブル・アムル語で「イーシ・エル・ヤハウェ」のなまったものです。

これは「神ヤハウェの人イエス、咎なくて死す」の意味になります。

さらに漢字で書くと

「色は匂えど散りぬるを

我が世誰ぞ常ならむ

有為(憂ゐ)の奥山今日越えて

浅き夢見じ酔ひもせず」

これは聖書の思想そのものですね。

「すべての人は草、その栄光はみな野の花のようだ」(イザヤ書第40章6節)

「むなしいものを見ないように私の目をそらせ、あなたの道に私を生かして下さい」(詩篇119篇37節)

このような表面上の文章の意味のほかに、別のメッセージを巧みに折り込んだ歌は、「折句」と呼ばれ、平安時代の歌人の間でも流行りました。

いろは歌はその内容から古代キリスト教徒でしょうね。戦前は学校で、習字の練習につかわれていた「いろはにほへと」そんな秘密があったとは、知らずに国語の勉強に慣れ親しんできたのですね。

参考書籍

 








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